vegan-support-BiNatureenの日記

無償という無上の価値

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朝顔の葉かげで



今年は雨が多くて
先端がものすごく繊細な花びらのナデシコちゃんは
きれいな形を保てない
たまたまこの子は
上手に朝顔ちゃんのツルに寄り添って
葉の下できれいに咲くことができたの
なんかけなげじゃない?

「けなげ」は「健気」と書く
殊勝なさま
心がけがよくしっかりしているさま
特に年少者や力が弱い者が
困難なことに立ち向かっていくさま
ほとんどこの意味で使うね
他には勇ましくて気丈なさま
それから文字通り健康であるさまってのもある

マレーシアの幼い男の子が
父親と歩いていて
路上で生活をする母子の前を通りがかった
おそらく自分と同じくらいか
ちょっと年下の男の子が靴を履いていないのに気づいて
自分の靴と靴下を脱いでその男の子にあげた
ただあげたのではない
ひざまづいてはかせてあげたのだ
おそらく生まれて一度も靴を履いたことのない子で
履き方も知らなかったかもしれない
そしてハグして立ち去った

その姿は「けなげ」をはるかに超越していて
なんと言ったらいいのか
幼い子が一生懸命しているのに
全身から光が放たれていて
その子の目はすでに慈悲の海で
ものすごく小さくて
華奢な体なのに
ものすごい存在感だ
生まれながらの聖人でしかない
ひざまづいて靴をはかせている姿は
キリストが弟子の足を洗うシーンのようだった
イスラムの国に幼いイエスがいる

人は高貴で
自発的に人を助ける
そして不思議に思うかもしれないが
これに代価が生じて
お金が払われると
人はその価値を冒とくされた気分になる
無償ですることの価値を貶められた気分になる
ボランティアを支えるのはこの精神だ

だから子供が自発的に夢中になってしていることを
安易に褒めてはいけない
子どもにとってはこの「褒め」が
代価になってしまって
途端に戦意喪失
つまらなくなってやめてしまう
人は「代価」無しを最も尊ぶ

そもそも子供だと思うから
その勘違いから
「けなげ」という言葉や
安直な褒め言葉をかけてしまう
子どもなのは身体だけだ
魂は親より古いことがある
多々ある
生まれた時から
自分が何者で何をしに降りてきたのか知っている子がいる
いや生まれたばかりの方が明確に覚えている

先日の授業中
ある生徒が言った
「先生は人間じゃないよね
神だよね」

そしてその授業中に友人が立ち寄って
あるものの代金を置いて行った
それを見た生徒は
「先生今何を売ったの?
愛情?」


私は自分の生きざまを子どもたちに押し付けない
ビーガンであることもこちらから話したりしない
アリさんが部屋に入ってきたら
「逃がしてあげようね」
蚊が入ってきたら
「外に出してあげよう」
という程度だ
するとやがて
子どもたちは
「アリさんは先生の友だちだ
外に逃がしてやろうぜ」
と自発的に救出行動をとるようになる

もっとびっくりするのが
それから数年もすると
牛乳が飲めなくなった
豆乳に切り替えたという子が出てくる
ベジタリアンになる子が出てくる
不思議だが不思議じゃない
なぜなら
それが人の本性で
それが最もここちいいからだ

誰かに言われたから
強制されたから
それで行うことは
たとえ表面上同じ行動をしていても
心の充足感はないだろう
気づくときに気づく
自発的にそう生きるようになる
なぜなら神だからだ
そしてそれを生きている瞬間
何物にも代えがたい至福を覚える

何度も書くが
ビーガンは生き方だ
生きものを口にしないだけではビーガンではない
思いが何かを害したら
言動が何かを傷つけたら
それはビーガンじゃない
あなた自身を傷つけても
ビーガンじゃない
ビーガンとは
あなたの本性をそのまま生きること
ただそれだけ



♡♡♡

ビーガンサポート ビナチュリーンです。
ビーガンの方、ベジタリアンの方、これからなろうとする方のお手伝いを致します。
ほんとうに明るい未来のために
Vegan-support-BiNatureen is for vegan,vegetarian, and would be vegan.
What can we do for you?
For super bright future.

♡♡♡